遺留分の基礎知識・遺留分侵害額の計算方法と具体例
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遺留分とは
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(1)遺留分の定義と目的
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「遺留分」とは、相続に際して、被相続人の財産のうち、法律上一定の相続人に承継されるべき最低限の取り分を確保する制度です(民法(以下、法令名省略)1042条)。
被相続人は、原則として、遺言や贈与によって、自由にその財産を承継させることができますが、遺留分はこれに対して一定の制限効果を持ちます。例えば、「全財産を長男に相続させる」という遺言があったとしても、長男以外の相続人は、最低限の遺産の割合を長男に対して請求することができます。
この遺留分という制度は、①遺族の生活保障という観点から、被相続人によって家計や生活を維持してきた家族が、被相続人の死後も住居や生活を維持するため、また、②共同相続人間の公平の確保の観点から、被相続人が相続人以外の第三者に遺贈・贈与した場合に、相続人が第三者である受遺者・受贈者に対して、相続人として受けるべき利益を回復するため[1]に創設されました。
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(2)遺留分権利者の範囲
遺留分を有している相続人を「遺留分権利者」といいます。相続人に遺留分があるといっても、すべての相続人が遺留分権利者であるわけではありません。遺留分権利者となりうるのは、兄弟姉妹以外の相続人、すなわち、配偶者、子、直系尊属のみです(1042条1項)。子がいる場合、直系尊属は相続人とならないため、遺留分権利者となることもありません(889条1項1号)。代襲相続人も、遺留分権利者となります(1042条2項、901条)。
また、兄弟姉妹以外の相続人であって、本来であれば遺留分権利者となる者であっても、相続欠格(891条)・廃除(892条、893条)・相続放棄(939条)によって相続権を失った者には遺留分はありません。
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遺留分(率)の割合
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(1)総体的遺留分と個別的遺留分の違い
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遺留分(率)とは、2つの意味があります。それが、①総体的遺留分と、②個別的遺留分です。
- ①総体的遺留分(1042条1項)
相続財産全体に対する遺留分権利者全員の遺留分の割合を総体的遺留分といいます。
総体的遺留分は、1042条1項に定められています。
- (ア)直系尊属(例えば、被相続人の両親)のみが相続人である場合…被相続人の財産の1/3(同項1号)
- (イ)直系尊属以外の者(配偶者や子)が相続人に含まれる場合…被相続人の財産の1/2(同項2号)
例えば、相続人が子2人(X・Y)であった場合、(イ)が適用されるため、XとYは2人合わせて相続財産の1/2を遺留分として取得することができます。
- ②個別的遺留分
個別的遺留分とは、遺留分権利者が複数いる場合に、各遺留分権利者それぞれに認められている遺留分の割合をいいます。
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(2)法定相続人別の個別的遺留分
個別的遺留分は、総体的遺留分に各遺留分権利者の法定相続分を乗じて計算します。例えば、相続人が配偶者と子ども3人の場合は、総体的遺留分は1/2なので、配偶者は1/2(総体的遺留分)×1/2(法定相続分)=1/4、子どもはそれぞれ1/2×1/2(法定相続分)×1/3(子供の人数)=1/12となります。
「相続での財産分与の方法?相続順位や兄弟間での割合を弁護士が解説」の記事の「3.法定相続分相続順位と財産の分与割合(相続分)」をご参照ください。
相続人 |
総体的遺留分 |
各相続人の個別的遺留分 |
配偶者のみ |
1/2 |
配偶者:1/2(総体的遺留分がそのまま個別的遺留分になる) |
配偶者と子ども |
配偶者:1/2×1/2(法定相続分)=1/4、子ども:1/2×1/2(法定相続分)=1/4を子どもの人数で均等に分割 |
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配偶者と親 |
配偶者:1/2×2/3(法定相続分)=2/6、親:1/2×1/3(法定相続分)=1/6を親の人数で均等に分割 |
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子どものみ |
子ども:1/2(総体的遺留分)を子どもの人数で均等に分割 |
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親のみ |
1/3 |
親:1/3(総体的遺留分)を親の人数で均等に分割 |
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遺留分の算定方法
遺留分率をもとに各自の遺留分(個別的遺留分)を算定するときの基礎となる財産(価額)のことを、「基礎財産」と言います。
仮に、遺留分算定の基礎財産を「被相続人が相続開始時(死亡時)において有した財産」(価額)とすると、たとえば、被相続人が死亡する直前に所有していた財産のほとんどを他人に譲り渡してしまったようなときは、遺留分制度の目的を達成することができなくなります。
そこで、民法は、遺留分の算定にあたって、基礎財産は「被相続人が相続開始時(死亡時)において有した財産」(価額)を基本としつつ、一定の計算上の操作をすることにより、遺産分割制度が機能するように調整しています。以下では、基礎財産の計算方法などについて解説します。
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(1)基礎財産の確定、贈与財産の加算
まず、基礎財産の基本的な計算式は、以下のようになります(1043条1項)。
基礎財産=〔被相続人が相続開始時点で有していた財産(遺贈財産も含む)〕+〔贈与財産〕-〔相続債務の全額〕 |
「被相続人が相続開始時点で有していた財産」とは、相続人が承継したプラスの財産のことです。
そして、ここで加算される贈与財産(1044条)とは、相続人に対する生前の贈与や死因贈与に限られず、無償での債務免除などの全ての無償処分が含まれます。
加算される贈与財産の対象は、贈与を受けた人が相続人か、それ以外かによって変わります。
- ①相続人以外の第三者への贈与の場合
相続人以外の第三者への贈与の場合は、「相続開始前の1年間」にされた贈与が基礎財産に算入されます(同条1項前段)。しかし、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってした贈与の場合、相続の1年前の日に行われていても、基礎財産に算入されます(同項後段)。
- ②相続人への贈与の場合
共同相続人の1人に対してされた贈与は、(ⅰ)それが特別受益(被相続人からの遺贈や贈与のこと)(903条、904条)にあたり、かつ、(ⅱ)相続開始前の10年間にされたものであれば、特別受益と評価される価額に限り基礎財産として参入されます。(1044条2項、3項)
しかし、受贈者が相続放棄をした場合は、この者は最初から相続人にならなかったとみなされます。そのため、たとえ相続開始前の10年間にされたものであっても、1044条2項、3項によって基礎財産に加算することはできないため、注意が必要です。
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(2)債務控除の考え方
遺留分算定の基礎財産を確定する際には、遺産債務の全額を相続財産から控除します(1043条1項)これは、遺留分制度が「相続人が現実に取得する価額」を基礎として、遺留分権利者に一定割合の相続財産を留保する制度だからです。
例えば、相続財産の内容として、プラスの資産が2000万円、マイナスの負債が1000万円あったとします。この場合、まずは2000万円から1000万円の負債を控除するので、1000万円を基準に遺留分を計算します。
遺留分で控除できる負債は、被相続人名義の債務(借金やローン、買掛金や未払家賃など)で、「遺言執行に関する費用」を目的とする債務は、ここにいう債務に含まれません(1021条ただし書き)。
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遺留分侵害請求権・遺留分侵害額
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(1)遺留分侵害請求権とは?
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被相続人が財産を遺留分権利者以外に贈与又は遺贈し、遺留分に相当する財産を受け取ることができなかった場合、遺留分権利者は,贈与又は遺贈を受けた者に対し、遺留分を侵害されたとして、その侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます。これを遺留分侵害額請求といいます[2](1046条)。
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(2)遺留分侵害額の求め方
遺留分侵害額は遺留分権利者ごとに算定され、遺留分権利者は、「遺留分侵害額に相当する金銭」(1046条1項)を請求することができます。
遺留分侵害額の算定方式は、以下の通りです(最高裁平成8年11月26日)。
基礎財産×個別的遺留分-当該遺留分権利者の特別受益額(1046条2項1号)-遺留分権利者が相続によって得た財産の額(1046条2項2号)+遺留分権利者が負担すべき相続債務の額(1046条2項3号) |
(3)請求期限と注意点
遺留分侵害額請求権には消滅時効が適用されます(1048条)。具体的には以下の通りです。
・相続開始と遺留分侵害を知ってから1年
被相続人が死亡した事実と遺留分を侵害する遺言書や生前贈与を知ったら、そのときから1年以内に遺留分侵害額請求をしなければなりません。
・相続開始から10年
相続開始や遺留分を侵害する遺言書などの存在を遺留分権利者が知らなくても、相続開始から10年が経過すると遺留分侵害額請求権が消滅してしまいます。
なお、遺留分権利者の認識が起算点の基準とされる以上、遺留分権利者が複数名いる場合には、遺留分侵害額請求権の消滅時効は各遺留分権利者それぞれについて個別に進行します。
遺留分侵害額請求には時効による期限があるので、早めに請求しましょう。
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(4)ケーススタディによる計算手順
《事例》
・遺留分を算定するための財産(基礎財産)は5000万円 ・法定相続人は配偶者Aと子どもB・Cの計3人 ・特別受益はなし ・被相続人に債務はなく、遺言書による相続分の指定は以下のとおり A:1000万円 |
上記の事例で、AとCの遺留分侵害額を計算してみましょう。
法定相続人は配偶者Aと子どもB・Cの計3人なので、総体的遺留分率は2分の1です(1042条第1項第2号)。
そして、Aの法定相続分は2分の1、Cの法定相続分は4分の1なので(900条第1号、4号)、Aの個別的遺留分は1/4、Cの個別的遺留分は1/8となります。
したがって、A・Cの遺留分(基礎財産×個別的遺留分)は以下のとおりです。
Aの遺留分=5000万円×1/4=1250円
Cの遺留分=5000万円×1/8=625万円
上記の遺留分の金額から、特別受益や実際の相続分を差し引き、相続債務を追加することでA・Cの遺留分侵害額が求められます。
・Aの遺留分侵害額=(遺留分)1250万円-(特別受益)0円-(相続によって得た財産の額)1000万円+(相続債務の額)0円=250万円
・Cの遺留分侵害額=(遺留分)625万円-(特別受益)0円-(相続によって得た財産の額)500万円+(相続債務の額)0円=125万円
よって、Aは250万円、Cは125万円を、それぞれ遺留分侵害者であるBに対して請求することができます。
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遺留分侵害請求は稲葉セントラル法律事務所にご相談ください
遺留分侵害額請求は、遺留分権利者に一定の財産を確保し、その生活を守るための重要な権利です。
しかし、遺留分や遺留分侵害額の計算をするときは、何が基礎財産に算定されるのか、自分に特別受益はあったのかなど、様々な法的判断が必要です。
弁護士に相談をすれば、遺留分を算定するための財産の価額等の複雑な計算についてアドバイスを得たり、代理人として相続人同士の交渉にあたったりするなどして、手続きを有利に進められる可能性が高くなります。
遺留分侵害額請求権を行使できる期間は限られています。そのため、自分の遺産の取り分などでお困りの場合は、早めに弁護士にご相談ください。
[1] 塩見佳男『詳解 相続法』636頁(弘文堂,2022)
[2] 裁判所HP https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/lkazi_07_26/index.html

- 江戸川学園取手高校卒業
- 慶應義塾大学法学部政治学科卒業
- 青年海外協力隊員としてアフリカ・ジンバブエでボランティア活動
- 関東学院大学法科大学院卒業
- 平成24年 弁護士登録
- 平成28年7月より稲葉セントラル法律事務所を開設
- 令和4年4月より弁護士法人稲葉セントラル法律事務所を設立