遺留分の放棄とは?その手続きは?相続開始の前後で分けて解説
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遺留分の放棄について
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(1)遺留分放棄とは?
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遺留分の放棄とは、遺留分権利者が自分の遺留分の権利を手放すことです(民法(以下、法令名省略)1049条)。遺留分を放棄した場合、その人は、受遺者や受贈者に対して遺留分侵害額請求をすることができなくなります。
遺留分の放棄は、被相続人の生前でも死後でも可能ですが、被相続人の生前に遺留分を放棄するためには、家庭裁判所の許可を得る必要があります。(同条1項)
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(2)遺留分の放棄の効果
遺留分権利者の一人が遺留分を放棄したからといって、他の共同相続人の遺留分が増加するわけではありません(1049条2項)。放棄された遺留分は、被相続人が自由に処分できる財産となります。
例えば、次のような事例を想定します。
【事例】
Aには、妻Wと子X・Yがいた場合をAが「自分の財産すべてを宗教法人Dに寄付する」と残して死亡した。遺産の総額は4000万円であり、Xが遺留分を放棄した。 |
本件の場合、遺留分権利者は、W・X・Yであり、この者たちの総体的遺留分は1/2です(1042条1項2号)。そして、総体的遺留分を法定相続分で割った個別的遺留分率は、Wが1/4、XとYが1/8です。そのため、Xが放棄した遺留分の額は500万円になりますが、この500万円については、W・Yの個別的遺留分が増加するわけではなく、遺産に占めるAの自由分が増加します。
遺留分の算定方法については、「遺留分の基礎知識・遺留分侵害請求の計算方法と具体例」という記事をご参照ください。
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(3)相続放棄との違い
相続が発生した後、被相続人は、相続財産を承継するかしないかを選択することができます。被相続人に負債が多く、相続財産を承継したくない場合などに取る方法が、相続放棄です。
相続放棄を行うと、当該相続ははじめから相続人ではなかったことになるので、資産も負債も一切相続しません。そのため、相続人が子3人で、そのうちの1人が相続放棄をした場合には、1/3ずつだった相続財産の取り分は、1/2ずつになります。
また、生前の相続放棄は認められず、「相続開始と自分が相続人であることを知ってから3カ月以内」に家庭裁判所で「相続放棄の申述」をしなければなりません(938条)。
一方、遺留分の放棄は「遺留分」のみを手放すことです。失うのは遺留分だけなので相続人としての地位は失いません。遺言によってほとんどの遺産が1人の相続人に集中されても、遺留分放棄者は残りの遺産を取得できますし、負債も相続します。
また、遺留分の放棄は、被相続人の生前でも死後でも可能です。
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相続開始前の遺留分放棄の手続き
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(1)家庭裁判所での許可申立ての必要性
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既に述べた通り、被相続人の生前に遺留分を放棄するためには、家庭裁判所の許可を得る必要があります。(1049条1項)
自己の遺留分を主張するか否かは、それぞれの遺留分権利者に委ねられているため、本来であれば、被相続人の生前であっても、自由に遺留分を放棄できるはずです。しかし、このような放棄を無制限に許すと、被相続人や他の共同相続人の圧迫により、遺留分権利者が遺留分をあらかじめ放棄するように強要される危険性があります。そのため、生前の遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可が必要になりました。
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(2)申立ての方法と必要書類
遺留分の放棄の申立てを行える人(申立人)は、遺留分を有する相続人です。申立人は、相続開始前(被相続人の死亡前)に、被相続人の住所地の家庭裁判所に対して書類を提出する必要があります。書類は裁判所の窓口で直接手渡すこともできますが、郵送で送ることも可能です。
申立てに必要な書類は、以下の通りです。
- ①申立書(記載例:書式記載例)
- ②標準的な申立添付書類
・被相続人の戸籍謄本(全部事項証明書)
・申立人の戸籍謄本(全部事項証明書)
※参考:裁判所HP「遺留分放棄の許可」(2025年1月15日))https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_26/index.html
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(3)許可条件
家庭裁判所における遺留分放棄の許可審判の判断基準について、仙台高裁昭和56年8月10日判決によれば、「相続開始前の遺留分放棄につき家庭裁判所の許可を必要としたのは、被相続人が遺留分権利者に放棄を強要したり、その他相続法の理念に反するような手段に利用されることを防ぐためである。家庭裁判所は、遺留分権利者の放棄の意思を確認するだけでなく、放棄が合理的かつ相当なものかどうか、諸般の事情を慎重に考慮検討して許否の判断するのである。」としています。そのため、遺留分の放棄が相続人の意思に基づくものであり、放棄理由に合理性・必要性が認められる場合には、遺留分の放棄が認められるといえます。
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(4)遺留分の放棄を却下した判例
・和歌山家裁昭和63年10月7日判決
「申立人と被相続人の間で、申立人の英人との結婚問題につき長い期間にわたり親子の激しい対立があり、被相続人の申立人に対する親としての干渉が繰り返された結果、申立人が家を飛び出し、英人と同棲する事態となり、遂には被相続人の意思に反してでも、申立人自らの意思で婚姻届をするに至つた経過があるうえ、本件申立もその婚姻届の翌日になされ、しかも被相続人からの働き掛けによるもので、申立人の本件申立をした動機も、被相続人による申立人に対する強い干渉の結果によることも容易に推認できるところである。これらのことからすると、本件申立は必ずしも申立人の真意であるとは即断できず、その申立に至る経過に照らしても、これを許可することは相当でないといわざるをえない。」として、遺留分の放棄を許可しませんでした。このように、遺留分の放棄が相続人の意思に基づくかどうかは、申立に至るまでの経緯などの様々な事情に基づいて判断されます。
- 相続開始後の遺留分・遺留分侵害額請求権の放棄
相続開始後(被相続人の死亡後)に、遺留分を有する相続人が遺留分や遺留分侵害額請求権を放棄することについては、明文の規定はありませんが、個人財産権処分の自由の見地から有効になし得ると解されています。相続開始前の放棄と異なり、家庭裁判所の許可は必要ありません。遺留分放棄の効果は、相続開始前の放棄と同様で、1人の相続人の放棄は他の共同相続人に影響を及ぼしません。
相続開始後の遺留分や遺留分侵害額請求の放棄は、共同相続人の1人に対する遺贈・贈与、相続分の指定等がなされている場合において、遺産分割協議の合意が成立した場面や、遺産分割調停が成立した場面が、その典型例です。
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遺留分放棄のメリットとデメリット
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(1)メリット
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- ①被相続人の希望通りに遺産を相続させることが可能
被相続人が、遺言や贈与によって特定の相続人や第三者に多くの財産を残したいと考えていても、死後に遺留分権利者から遺留分侵害額請求が行われると、その希望を実現できなくなります。遺留分権利者が遺留分を放棄すると、受遺者や受贈者が遺留分侵害請求をうけることがなくなるため、望み通りに特定の人に遺産を集中させることができます。
- ②相続トラブルの懸念がなくなる
被相続人は、当然ですが自分の死後の相続トラブルなど望んでいません。自分の死後に家族が財産争いをすることは何としても避けたいでしょう。しかし、遺留分が侵害されている相続人がいる場合には、相続人同士の対立を避けるのは難しいでしょう。遺留分を放棄によりそのようなトラブルの防止にもなることが期待されます。
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(2)デメリット
遺留分放棄のデメリットは、代襲相続の場合も含めて、遺留分権利者に対して遺留分侵害額の請求ができなくなることです。
遺留分放棄は一度手続きすると、原則として取り消しや変更をすることができません。許可審判の取り消しや変更は、裁判所の職権によって行われます。
参考判例:「事前放棄の許可審判がされた後に申立の前提となった事情が変化し、遺留分を放棄した状態を維持することが客観的に見て不合理となった場合は、家庭裁判所は職権で許可する審判を取り消したり、変更することができる」(東京高決昭58.9.5判時1094-33)
そして代襲相続の場面で、被代襲者が生前に遺留分の事前放棄をして、その許可審判がされているときは、代襲者は、被代襲者が放棄した遺留分権の主張をすることもできなくなります。
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遺留分放棄の注意点
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(1)遺留分放棄をしても被相続人の負債の相続は回避できない
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遺留分放棄は、相続人が自分に対する遺留分を放棄することですが、相続人としての地位は有するため、これによって負債の相続を免れることはできません。
そのため、相続によって生じる負債についても、相続人は引き続き責任を負うことになります。相続債権者との関係で完全に債務の承継を免れるためには、被相続人が死亡した後一定期間内に、別途「相続放棄」手続きを行うことが必要です。
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(2)遺言を作成しないと、特定の相続人に財産を集中させることはできない
遺留分放棄は、あくまで遺留分を放棄する手続きであり、特定の相続人に財産を集中させることはできません。このような目的を達成するためには、被相続人において遺言書を作成し、財産の分配を明確に指定する必要があります。
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(3)感情的な決断を避け、慎重な判断が求められること
遺留分を放棄してしまうと、例えば「全財産を長男に相続させる」という遺言があった場合、遺言内容とは異なる遺産分割協議などが無い限り、他の相続人は財産を得ることができなくなってしまいます。
また、既に述べた通り、被相続人の生前に遺留分の放棄した場合、家庭裁判所の許可決定を取り消したり変更したりすることは、原則としてできません。
そのため、被相続人や他の共同相続人から遺留分の放棄を提案された場合には、遺言書の内容や遺留分の放棄を行う必要性などを吟味し、慎重に判断する必要があります。

- 江戸川学園取手高校卒業
- 慶應義塾大学法学部政治学科卒業
- 青年海外協力隊員としてアフリカ・ジンバブエでボランティア活動
- 関東学院大学法科大学院卒業
- 平成24年 弁護士登録
- 平成28年7月より稲葉セントラル法律事務所を開設
- 令和4年4月より弁護士法人稲葉セントラル法律事務所を設立